2023年10月18日、イタリアのチッタスタディ大学の大学院で、繊維について学ぶ「ビエラマスター※1」の学生と、日本の「産地の学校※2」(運営:株式会社⽷編、代表:宮浦晋哉氏)による交流会が行われました。
旭化成株式会社の主催により、2019年から続いてきた本交流会は、今年で4回目を迎えます。誰もが毎日身に付ける身近な繊維だからこそ、次世代に少しでも多くの技術支援や教育活動を実施していきたいーこうした目的のもと5年前に始まったのが、「ビエラマスター」の学生と日本の「産地の学校」の交流会です。
昨年に続き、今年もオンラインでの開催となりましたが、画面越しでも多くの質問が飛び交い、両国のメンバーが繊維業界やテキスタイルについて熱心に学ぼうとする、白熱した時間となりました。今回イタリア側からは5名の学生が参加し、日本の「産地の学校」からは代表の宮浦晋哉さんを含む4名のメンバーが出席しました。昨年と同様にあらかじめ複数のテキスタイルのサンプルを日本からイタリアへ郵送。日本のメンバーのプレゼンテーションに合わせて、手元のテキスタイルを実際に手に取り確認する形式で交流会は進んでいきました。
イタリアをはじめ世界に広がる「ベンベルグ」
まずは旭化成株式会社による「ベンベルグ」の解説から、交流会はスタートしました。
同社は、世界で唯一キュプラ繊維「ベンベルグ」を生産する総合化学メーカーです。「ベンベルグ」は綿の種のまわりに生える細かい産毛(コットンリンター)から作られた素材で、すべすべと肌になじみやすく、吸放湿性により湿気の調整もしてくれるため長時間の着用でも比較的快適に過ごすことができます。
その用途は広く、ジャケットやアウターの裏地だけでなく、肌着やレディースアパレル、インドの民族衣装「サリー」のような分野にまで活用されています。軽く肌触りの良い特長は世界中でも高く評価されており、「ベンベルグ」誕生から90年を迎える現在では、日本以外のイタリアをはじめとするヨーロッパのラグジュアリーブランドでも採用され続けています。
プレゼンテーションの中では、「ベンベルグ」が環境に配慮した素材であることにも触れられました。コットンリンター100%を原料としているため、土や海水の微生物の働きによって生分解されます。環境への負荷低減に貢献する可能性のあるサスティナブルな素材として、ビエラマスターの学生も注目していました。
こうしたベンベルグの解説と、その製造過程を映した動画や写真を見た直後、イタリアの学生からは「ベンベルグはどこの国にもっとも多く輸出しているのか?」「ベンベルグは今後どのように用途の幅を広げていく予定なのか?」など、ベンベルグの現状や将来性について尋ねる声が続きました。現在の最多輸出国はインドであること、今後もこのような民族衣裳を始め、レディースウェアなどの用途でも幅広く活用される可能性があるとの回答を聞き、大きくうなずく姿が印象的でした。
個性あふれる日本の産地
続いて、日本のテキスタイル産地の特徴について、「産地の学校」の創設者である株式会社糸編の代表・宮浦晋哉さんの解説がありました。宮浦さんが運営する「産地の学校」は、日本のテキスタイルの産地と様々なプロジェクトを行うことで、その発展を促すことを目的としています。
今回は個性あふれる5つの産地について紹介していきました。東側から「富士吉田(山梨県)」「遠州(静岡県)」「尾州(愛知県・岐阜県)」「京都(京都府)」 「久留米(福岡県)」となり、それぞれのエリアの地理的特長と、その条件を生かした独自のテキスタイルの手法を学ぶ時間となりました。
各産地を紹介するショートムービーでは、なだらかな山や澄んだ水が流れる日本のふるさとの風景が流れ、自然を上手に活用しながら、工場で、家族経営の作業所でテキスタイルを丁寧に作り出す様子が映し出されました。
特に、「世界の三大ウール産地」として有名な「尾州」の製造工程の映像や、久留米絣の柄の多様さに参加者たちは興味を引かれていました。5種類のサンプル生地を手に取りながら、ひとつひとつ丹念に見ている様子が画面からもよく伝わってきました。
「『産地の学校』では布作り工程の楽しい体験を共有することで、産地と若い世代をつないでいます。今は現地の工場で働く若い世代たちも増えています」と言う宮浦さんの言葉にも、参加者たちは熱心に耳を傾けていました。
イタリアの「ビエラマスター」
次に、イタリア側5名の学生によるプレゼンテーションが行われました。
5名が学ぶチッタスタディ大学のあるビエラ市は、尾州と同様、「世界3大ウールの産地」とされています。毛織物産業が盛んで、昔からテキスタイルの高い製造技術を持つ都市としても知られてきました。
今回のプレゼンテーションでは、「ビエラマスター」の学生たちが約1年間の就学期間中、ビエラ市の主な産業である毛織物や紡績糸などの素材について学ぶことを教えてくれました。
さらに商品製造や企画、デザイン、販売に至るまで数多くの講義を受け、その後学んだ知識を実践で活かすために、アパレル企業にインターンシップとして入ること、そして現場で経験を積みながら業界全体についての知識を深めていくことなどを説明していきました。
「ビエラマスター」課程で特に興味深いのは、実際の産地やアパレル製品のリサーチを、国を越えて行うことです。今回参加した5名の学生も、ハイブランドのセールス構造を知るためにニューヨークへ飛び、ウールの生産過程やマーケティング状況を学ぶためにオーストラリアやニュージーランドへも足を運び、数々の学びを得ているようでした。
イタリア現地での企業インターンシップについて、ある女子学生は、ビエラ市の近くにある会社に所属し、紡績(繊維を糸にしていくこと)について経験を積んだと話しました。紡績の工程をすべて理解できたことがうれしかったといい、より実践的な経験や知識を深めるためにも、会社でのインターンシップが大きな役割を果たしていることが一目瞭然でした。
プレゼンテーションの最後には、「注目してくれてありがとう」という日本語で締めくくられた5名の写真が並び、日本側の参加メンバーに笑顔が広がりました。
「産地の学校」卒業生① 荻野さん(久留米絣)
交流会後半は、日本側メンバーのプレゼンテーションのスタートです。
まず始めは昨年に引き続き、福岡から参加してくれた荻野さんがスピーチしました。現在、株式会社うなぎの寝床に所属する荻野さんは、地域文化の振興をメイン事業とし、様々なものづくりの現場に携わっています。その中でも今回は、福岡市の重要無形文化財「久留米絣」について、映像と写真を交えて詳しく紹介してくれました。
「シンプルな構造ながらも複雑な模様が、この生地の魅力です」と説明しながら、萩野さんは実際のデザインシートの写真を提示。シャトル織機で生地が丁寧に作られていく様子を動画で見せてくれました。
久留米絣から作られた「もんぺ」についても解説があり、このような製品を通じて古くから伝わってきた地域文化を、次の世代につなげていきたいと語りました。
「産地の学校」インターン生
ステファン・キタノビキさん(文化学園大学大学院在籍)
次に発表したのは、北マケドニア共和国から来日したステファン・キタノビキさんです。「産地の学校」でインターンシップをしながら、文化学園大学の大学院で伝統文化におけるテキスタイルの研究を行っています。
今回ステファンさんからは、奄美大島の「大島紬」についてプレゼンテーションがありました。「大島紬」は世界の中でもとても珍しい、泥染めによって布を染色していきます。
島の土とシャリンバイ(バラ科の花木)を組み合わせて、泥染めを行う様子を写真で見せてくれ、エリアによって模様が異なる面白さについて語りました。
また実際の紬を手に持ち、どのような方法でこの紬が織物になっていくのかを解説し、職人が80回以上染色を続けることで、素晴らしい色合いに染まっていく過程はとても興味深いと熱心に説明。
「ビエラマスター」の学生に向けて「日本に来たら、必ずこのような美しい布を製造している工場を見学した方がいいでしょう。日本の布はもっと賞賛を受けるべきだと思います」と力強く締めくくりました。
「産地の学校」卒業生② 飯田さん(HUIS)
最後は遠州エリアから参加した飯田さんです。
飯田さんは遠州織物をベースにしたアパレルメーカー「HUIS」に勤務しています。
今回は遠州織物の歴史を紐解きながら、シャトル織機が生み出す織物の魅力について教えてくれました。
ゆっくりと動くシャトル織機は、とても柔らかいだけでなく、軽くて手触りのいいテキスタイルを生み出します。
こうした遠州織物で作られた「HUIS」の服は、快適な着心地を実感できるだけでなく、高品質ながらも手頃な価格で購入できるという特長を持ちます。
プレゼンテーションの終わりには、遠州織物で作られた実際の商品写真(スカートやワンピースなど)も見せてくれ、イタリアの学生は画面の向こうで真剣に聞き入っていました。
テキスタイルを通じて守りたい「伝統」と「地域文化」
およそ2時間半に及ぶ交流会は、両国の参加者たちの積極的なやりとりにより、とても充実した時間となりました。交流会で印象深かったのは、「次回はぜひ日本に行きたいです」「必ず来てください」というやりとりを何度も交わし合っていた姿です。お互いにとっても名残惜しい時間となったようです。
「ビエラマスター」のある男子学生は、「イタリアにも伝統的なテキスタイルがありますが、ほとんどの人は自分たちの培ってきた大切な遺産を忘れてしまっています。これは国にとっても問題です。自分たちの作ってきたものを次世代へつなげていけるよう守っていきたいですね」とコメントしてくれました。
この言葉通り、テキスタイルを通じて、地域に根差した文化と伝統を大切にしていきたいという想いは、両国の参加者たちに共通するものです。今回の交流会で芽生えた両国の「絆」は、今後それぞれがテキスタイルや繊維業界に関わっていく上で大きな心の糧となっていくに違いありません。
※1 ビエラマスター
イタリア ビエモンテ州のウール産地ビエラの大学のマスターコース。繊維産業の生産現場を中心に学ぶ過程が多い。約20人から5名の学生が選抜され、イタリア国内だけでなく世界の産地(オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ等)を訪問。旭化成の現地法人である旭化成繊維イタリアのほか、地元のゼニア、ロロ ビアーナ等もスポンサーに名を連ねる。
※2 産地の学校
株式会社糸編代表の宮浦晋哉氏が2017年に始めた、国内の繊維産業について体系的に学ぶ学校。繊維産地の課題解決及び活性化に向けた活動を主体としている。旭化成はベンベルグ®ラボとして特別講義の支援などを行ってきた。
※3 ベンベルグ=旭化成の登録商標で、一般繊維名はキュプラ。