流行は移り変わるが、スタイルは永遠である
ーYves Saint Laurent,1994
これは1994年にイヴ・サンローランが遺した名言だ。
「モードの帝王」と呼ばれた伝説のデザイナー『イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)』没後、日本で初めての大回顧展「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」が、東京の国立新美術館で好評開催中だ。来場者は15万人を超え、満足度の高さからリピーターも多いそうだが、いよいよ会期終了の12⽉11⽇(⽉)まで残りわずかとなった。
本展はイヴ・サンローラン美術館パリの全面協力のもと、イヴ・サンローランが40年にわたるデザイナー人生の中で生み出した渾身のルック110体や、アクセサリー、ドローイングなどの歴史的なアーカイブ262点を展示。全12章の構成で魅せる、非常に見応えのある豪華絢爛な美の空間となっており。
今回スタイルアリーナ編集部は、この貴重な展覧会の魅力をお伝えするべく見どころをレポート。イヴ・サンローランがいかに革新的でファッション業界や女性たちに大きな影響を与え続けたか。そのヘリテージが現代にも色濃く紡がれる理由はなにか。モードの帝王のデザイナー人生の軌跡に触れ、少し紐解いていこう。
展示風景
才能の片鱗と、期待を超える実力
まずはイヴ・サンローランの華麗な経歴をおさらい。1936年にフランス領アルジェリアのオランで生まれ、幼少期は母が買ったファッション雑誌を切り抜いては、ペーパードールを作って遊んだり、絵を描くことが好きだったという。
1953年、17歳でパリに渡り、自身の制作したドレスのコンクール入賞をきっかけに、19歳でパリのメゾン「クリスチャン・ディオール」にアシスタントとして入る。そのわずか2年後の1957年、ムッシュ・クリスチャン・ディオールの急死により後継者に抜擢。この時イヴ・サンローランは21歳、世界最年少のクチュリエの誕生は当時のファッション業界に衝撃を与えた。翌年にはディオールでファーストコレクション「トラペーズ・ライン」を発表。その後もチーフデザイナーとして6つのコレクションを手掛け、ビッグメゾンの後継者としての存在感で周囲を圧倒していった。
「品行方正」シャツ・ドレス
イヴ・サンローランによるクリスチャン・ディオールの1958年春夏「トラペーズ・ライン」オートクチュールコレクション
© Yves Saint Laurent © Alexandre Guirkinger
伝説の始まり、世界初のピーコート
展示風景
本展ではこの貴重なピーコートも間近で見ることができる。メゾン設立の当初から男性の服の要素を、女性のファッションに取り入れていたことがわかるアーカイブピースだ。ピーコートは船乗り作業服から着想を得ており、男性的でありながらも華やかな金のボタンをあしらうことで、女性らしく仕上げた。そしてもうひとつのポイントはヒップを覆う着丈の長さ。
ボーティング・アンサンブル ファースト・ピーコート
1962年春夏オートクチュールコレクション
© Yves Saint Laurent © Alexandre Guirkinger
イヴ・サンローランが「革新的」と言われる背景を補足しておこう。彼がデザイナーとして名を馳せる前の1950年代、パリジェンヌたちの定番は丸みを帯びたショルダー、ウエストのくびれを強調したフォルム、膝下のフレアスカートといった究極のフェミニンなスタイルが主流。そう聞くと、当時このマスキュリンな「ピーコート」がいかに革新的であったかが容易に想像できる。
展示風景
イヴ・サンローランの創り出すスタイルは、それまで締め付けられていた女性たちのファッションに、快適さを与える革命だったのだ。その後もイヴはメンズファッションやアートからインスピレーションを得た先進的なスタイルを、世に送り出していく。
イヴニング・アンサンブル
1984年秋冬オートクチュールコレクション
© Yves Saint Laurent © Nicolas Mathéus
女性の自由な生き方を体現する「タキシード」が誕生
1966年にイヴ・サンローランは、自身が手がけたルックの中でも最も印象的なモノを打ち出した。それは女性のためのタキシード、その名も「スモーキング」。先述の通り、当時はまだパンツを着る(はく)女性たちはほとんどいない時代。イブはファッションを通して女性に自由な生き方を提唱したのだ。
イヴ・サンローラン美術館パリ © Sophie Carre
「スモーキング」の画像はイヴ・サンローラン美術館パリのInstagramで見ることができる
ここでイヴ・サンローランのファッションへの情熱を窺い知れる、彼の右腕であったジャン=ピエール・デルボーが本展の開催にあたり語ったコメントを紹介しよう。彼は元イヴ・サンローランの仕立て部門の責任者で、37年にも渡りイヴとともにコレクションの創作に携わった貴重な人物だ。
「彼(イヴ・サンローラン)にとって一番大切だったのは、ファッションで女性に自分自身を表現する力と自由を与えることだった。彼は女性を高めたかったんだ。」
イヴ・サンローラン、アンヌ=マリー・ムニョス、ピエール・ベルジェ、パリのマルソー大通り5番地のスタジオにて、1977年
© Guy Marineau
「彼は数ミリメートルの単位でうまくいってないところを見るんだ。袖を1ミリメートル長く縫い合わせてたら、彼にはそれが見えるんだ。そして仕立て直すと彼は満足する。その数ミリで、表現や動きが変わってくる。だから彼にとってすごく大事なんだ。すごいよね。」
この言葉からも、いかにイヴ・サンローランが女性たちのために真摯にモノ作りをしていたのかが窺い知れる。
ファースト・サファリ・ジャケット 1968年春夏オートクチュールコレクション |
ジャンプスーツ 1968年秋冬オートクチュールコレクション |
その他にも彼は機能的な男性のファッションを女性に向けて再構築し、一世を風靡したサファリ・ルックやジャンプスーツ、トレンチコートなどイヴ・サンローランの代名詞となるアイテムを次々と打ち出していった。
もう一つの革命、ファッションとアートの融合
展示風景
モードの帝王の才能は、オートクチュールやプレタポルテ(既製服)に留まらなかったことをご存知だろうか。イヴ・サンローランは演劇や芸術、絵画を愛したことでも知られており、その背景からファッションとアートの融合を積極的に提案し、生涯にわたり舞台や映画などの衣装も数多く手がけた。本展ではその貴重なドローイングや舞台衣装も、間近で鑑賞することができる。
ジャケット 1977年に行われたジジ・ジャンメールのショー『ローラン・プティのショーに登場するジジ』のためのデザイン |
女王のドレス(第1幕) 1978年に行われた演劇『双頭の鷲』のジュヌヴィエーヴ・パージュのためのデザイン © Yves Saint Laurent © Sophie Carre |
さらにイヴ・サンローラン展のアイコンのひとつである、1965年に発表された現代画家のピート・モンドリアンへのオマージュとして制作されたモンドリアン・シリーズのカクテル・ドレスも展示されている。彼は芸術作品とオートクチュールにつながりを作ることで、ファッションを芸術分野と同様に価値のあるものとして昇華し高めていったのだ。
カクテル・ドレス―ピート・モンドリアンへのオマージュ 1965年秋冬オートクチュールコレクション © Yves Saint Laurent © Alexandre Guirkinger |
今回はオートクチュール界の中でも高額を誇る、希少な作品も来日。画家フィンセント・ファン・ゴッホの「アイリス」へのオマージュとして制作されたイヴニング・アンサンブルのジャケットだ。制作時間は600時間を超える、まさにクラフツマンシップの結晶と言って過言ではないだろう。
その他にも目にも豪華なアーカイブが飾られた「第9章 アーティストへのオマージュ」の空間は、ため息が出るほどの美しさだ。
いつの時代も背中をおしてくれる、イヴ・サンローラン
オフィスでのイヴ・サンローラン、パリのマルソー大通り5番地のスタジオにて、1986年
© Droits réservés
私はずっと信じてきた。
ファッションは女性を装飾するだけではなく、彼女たちの不安を取り払い、
自信を与え、
自己を受け入れることを可能にさせると。
ーYves Saint Laurent,2002
“モードの帝王”と呼ばれ、ファッションを通して女性たちに自由、力、選択肢を与え続けたイヴ・サンローランが、2002年の引退会見で残した言葉だ。
展示風景
今でこそ当たり前である、女性のパンツルックやマスキュリンスタイルを世に生み出したイヴ・サンローランは、紹介してきたとおり、1960年代当初から女性の自由や多様性をファッションで表現し、衣服のもつジェンダーの概念さえも超越し改革を起こしてきた唯一無二の存在である。
彼の言葉と大きすぎる偉大な功績は、現代を超えこの先の未来も、わたしたちの中に生き続けて力をくれることだろう。
時を経ても続く普遍的なスタイルを創り上げた、稀有なデザイナー「イヴ・サンローラン」。彼の軌跡にふれ、自身の目で傑作を鑑賞できる好機を、ぜひ逃さずに体感してほしい。
© Musée Yves Saint Laurent Paris
イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル
Yves Saint Laurent, Across the Style
会期
2023年9月20日(水)〜12月11日(月) 毎週火曜日休館
開館時間
10:00~18:00
※毎週金・土曜日は20:00まで
※11月26日(日)、12月3日(日)、12月10日(日)は20:00まで
※会期末の土・日曜日は非常に混雑することが予想されますので、平日のご来館をおすすめいたします。
※入場は閉館の30分前まで
会場
国立新美術館 企画展示室1E
〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
https://ysl2023.jp