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CULTURE

福島のシルクは、世界とつながっていた
リヨンで見えた「ふくしまシルクロードの旅」の意味

 

 

シルクをめぐる旅は、福島からリヨンへと続いていた

 

福島県伊達地方。
この地がかつて「蚕産業」で栄えていたことを、どれだけの人が知っているだろうか。
桑畑が広がり、家の2階や屋根裏では蚕が育てられ、女性たちは糸を取り、家の暮らしと経済を支えていた。
蚕は、福島の人々の生活そのものだった。

「ふくしまシルクロードの旅」は、その歴史と文化を“体験として伝える”ことを目的に生まれた。
伊達市・川俣町・福島市を巡りながら、養蚕農家の現場や織物の流れを五感で体験していくツアーだ。

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>ツアーの詳細はこちら  https://www.style-arena.jp/trend/383/
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普段見ることのない工程を知ることで、シルクへの理解がじっくりと深まっていく。
旅は単なる産業見学ではなく、この土地の時間に触れる体験になっていた。
そして、この福島の物語を世界へどう伝えるかを考えるため、私たちはフランス・リヨンへ向かった。

 

 

ヨーロッパが誇る「シルクの都」リヨンへ

 

 

フランス・リヨンの街を歩いていると、ふと視線が上に引き寄せられる。
他の都市よりも、建物の天井が高い。窓が大きい。光がやわらかく差し込み、空間に余白がある。
「なぜ、こんなにつくりが違うのだろう?」
その答えは、この街が500年以上シルクとともに生きてきた都市だからだ。
リヨンでは、シルクは都市文化の核となって現在まで息づいている。ここでは、シルクは素材ではなく、都市の誇りでありアイデンティティである。
素材としての絹に留まらず、都市の建築、デザイン、アート、そして産業の思想そのものに根付いていた。

 

王の政策として始まったシルク産業は、やがてリヨンの街を形づくっていく。
丘の上に広がるクロワ・ルース地区には、今もシルク織り職人「カニュ」が暮らした建物が残っている。
天井は4〜5メートルと高く、大きな窓から自然光が差し込む。
それは、巨大な織機を置き、糸の色を正確に見極めるための建築だった。
建築が仕事のために設計され、暮らしが産業と切り離されることなく存在している。
この街では、シルクが生活の中に編み込まれてきたことが、建物そのものから伝わってくる。
蚕を育てるために家の構造が変わっていった福島と、織りのために街が形づくられたリヨン。

 

遠く離れた二つの土地が、同じ思想で生活空間を生み出していたことに、私たちは気づかされる。福島で感じたシルクの物語は、“もっと広い世界とつながるはず”という思いへと変わっていった。

 

 

リヨンのシルクが世界に広がった理由 
-ジャカード織機が生んだ、世界を変えた技術

 

 

1801年、リヨンで発明されたジャカード織機は、穴あきカードによって模様を制御する仕組みを持つ。織りの工程を感覚や記憶に頼らず、構造として再現するこの技術は、後にコンピュータの原型になったとも言われている。
美を量産するための知性とテクノロジーが、この街で育った。
ここでは、織物は単なる工芸ではなく産業だったのだ。
リヨンのシルクは、華やかさの奥に必ず構造を持ち、それが、世界に広がった理由でもある。

 

そして、リヨンのシルク文化を語る上で欠かせないことがある。
19世紀、この街では織り手たちが立ち上がった。「生きるに値する賃金を」──カニュ(シルク織り職人)反乱と呼ばれるこの蜂起は、世界最初期の労働運動のひとつだ。
カニュたちは、自分たちの仕事と技術、そして誇りを守るために声を上げた。
リヨンにとって、シルクとは仕事ではなく人生だった。
労働の尊厳と文化意識が、布の一枚一枚に織り込まれている。
この意識が、この街のシルク文化の底に、今も静かに流れている。

 

 

Silk in Lyon (シルク・イン・リヨン) 
─「シルク文化」を未来に編み直す街の意思

 

リヨンでは毎年、「Silk in Lyon(シルク・イン・リヨン)」というイベントが開催される。
伝統的な技術(ジャカード織りなど)を披露し、持続可能で高品質なシルク産業を保護・促進するイベントだ。
それは、リヨンという都市が、自分たちの産業文化を未来へどう残すかを問い続ける運動のような存在だ。

 

メイン会場のPalais de la Bourse(旧リヨン証券取引所)は、19世紀に建てられたリヨン商業会議所の建物である。
扉をくぐった瞬間、空気が変わる。天井の高いホールに差し込む光は柔らかく、石造りの壁が時間の厚みをそのまま残している。ここはかつて、リヨンの商業と金融の中心。シルク商人たちが集い、絹が売られ、価値が決まり、世界へと流れていった。
シルクはここで「素材」から「価値」へと変換されていた場所だ。

 

 

メイン会場の構成は、歴史的空間を使い、シルクの過去・現在・未来を一望できるように工夫されていた。
シルクという素材を「体験」として提示し、街の記憶と未来をつなぐシルクのストーリーが語られていた。

 

  • シルク生地/アクセサリー販売ゾーン|多彩な生地が色と質感で来場者を誘う。伝統的な織り、モダンなデザイン、さまざまな色彩が一堂に会し、手に取ることで素材の“息づかい"がわかる。
  • 創造のワークショップゾーン|絹の布にペイントする体験、簡単な織りや染色を教わるセッション、大人も子どもも参加できる手仕事ゾーンが並んでいた。プロと一般参加者が同じ空間で素材に向き合う姿が印象的だった。
  • 技術と伝統の紹介ゾーン|シルクの原料から織り、パターンデザイン、仕上げまで、工程ごとの解説と実演が並ぶ。単に見るだけでなく、作業音や素材の手触りが場内に満ちていた。
  • 国際交流ゾーン|ゲスト出展として海外のシルク文化を持つ地域も紹介されていた。2025ではギリシャ・Soufli など、他国の伝統が展示され、リヨンのシルクとの対話が生まれていた。

 

 

 “いま・ここで使い・感じる素材としてのシルク" が中心に据えられていた。素材の扱いは自由で、来場者は展示物に触れ、ワークショップで手を動かし、職人と会話し、現場の空気を肌で感じることが求められた。


この体験は、シルクの文化を単なる過去の遺産として消費するのではなく、現在進行形の素材文化として再解釈し、未来につなぐ試みそのものだと気づかされる。Silk in Lyonというイベントは、リヨンという都市全体がシルクを語ってきた歴史の延長線上にありながら、そこに新しい問いを立てる場になっていた。

 

このイベントが特別なのは、シルクを「保存」ではなく「更新」として扱っている点にあると感じた。
使い続け、語り直し、次の世代に手渡す。まさに街全体が、シルクの文化を都市の誇りとして語り続ける運動なのだと確信した。

 

 

日本のシルクは、とてもラグジュアリー
Silk in Lyon主催者が語った、シルクの価値観

 

「日本のシルクと聞いて、まず思い浮かぶのは、とてもラグジュアリーなものです。」
Silk in Lyon 2025の会場で、主催者のロリーヌ・ペルドリさんは迷いなくそう言った。着物や衣装に使われる繊細な模様、高い品質、丁寧な手仕事。リヨンから見ても、日本のシルクは“特別な存在”だという。

Silk in Lyonがリヨンで開催されているのは偶然ではない。ここは16世紀から続く「絹の街」。クロワ・ルース地区に残る織り職人カニュの歴史が、今も街の空気に息づいている。

リヨンのシルクが守ってきた価値は、サヴォアフェール(職人技)と品質だ。シルクはいい加減につくれない素材であり、だからこそ細部まで妥協しない。その姿勢が、産業を文化へと育ててきた。

このフェスティバルは、過去を保存する場ではなく、未来を生む場でもある。職人とデザイナー、伝統とモダンが自然に交わり、新しいコラボレーションが生まれていく。

「この技術が失われないこと。それが一番の願いです。」
ロリーヌさんの言葉が示していたのは、シルクは布ではなく、文化であり、世界をつなぐ言語だということ。
その視線の先に、福島のシルクが世界へ向かう未来も、静かに重なっていた。

 

 

Silk in Lyonの余韻が、静かに続いていた場所
Soierie Saint-Georges(ソワリー・サン=ジョルジュ)

 

 

Silk in Lyonのメイン会場で出会い、その流れのまま旧市街ヴュー・リヨンに足を運んだ。
そこで訪れたのが、Soierie Saint-Georges。
リヨンのシルクの歴史と技術を“見て、知る"ことができる工房兼ショップである。店内には、リヨンで受け継がれてきたさまざまな絹織物が並び、スカーフやショール、ベルベットなどが静かに存在感を放っている。
奥には、19世紀の伝統的な織り機が置かれ、タイミングが合えば織りの工程を間近に見ることができる。常に稼働しているわけではないが、動き出した瞬間、空間の空気が変わる。音、リズム、糸の張り。そのすべてが、シルクが「行為」として生まれる素材であることを思い出させる。
ここでは、シルクは展示物ではない。
リヨンの歴史と職人の技が、今も静かに息づいている証そのものだ。

 

 

福島のシルクと、リヨンのシルク

 

リヨンを走るトラム(路面電車)の一部車両は、そのデザインが「かいこ(蚕)」をモチーフにしていると言われている

 

リヨンで見た光景は、福島の記憶と重なっていく。福島・伊達地方の蚕産業は、リヨンとは成り立ちが違う。

  • 王が育てたシルク(リヨン)
  • 暮らしが育てたシルク(福島)

 

福島では、蚕は家族の一員のように育てられ、女性たちの手で糸になり、地域の経済を支えた。
そこには、

  • 手間を惜しまないこと。
  • 細部を大切にすること。
  • 見えない品質を尊ぶこと。

 

という、今も続く福島の気質が宿っている。シルクは、福島の美意識の原点なのだ。

 

 

福島のシルクは、世界に語れる文化になる

 

「ふくしまシルクロードの旅」は、過去をなぞる旅ではない。
産業を文化として語り直す旅だ。

 

福島のシルクは、世界に出すべき価値を持っている。
それは、丁寧さであり、手間を惜しまない姿勢であり、目に見えない品質を尊ぶ感覚だ。
今、世界が求めている価値そのものでもある。

 

リヨンがシルクを都市の誇りとして語り続けてきたように、福島もまた、シルクを文化として語り直せる。
養蚕の跡が残る家、地域の語り、手仕事の温度、風景に刻まれた記憶。
それらはすべて、世界と対話できる力を持っている。

 

福島のシルクは、ノスタルジーでもラグジュアリーでもない。
暮らしが育てた、誇りある産業文化だ。
だからこそ、今、海外に語る意味がある。

 

かつてシルクロードは、文化と文化を結んだ。
そして今、福島のシルクが、もう一度道をつくろうとしている。

 

リヨンで見たのは、過去を未来につなぐ都市の姿だった。
福島にも、同じ力がある。
旅で出会った人の声、風景、手仕事の温度。
それらは、世界に伝えるべき福島の物語だ。

 

「ふくしまシルクロードの旅」は、その第一歩になる。

 

 

ふくしまシルクロードツアー

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